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パドックに集まった人数だけでも、前日の総観客数より多かった。
群衆はクラブハウスの食料をむさぼりつくした。
人々の賭けた金額は史上最高記録を樹立し、賭けが集中したシービスケットのオッズは、アグアカリエンテ競馬場始まって以来の最低倍率を記録した。
スタンドはまたたくまにぎゅうぎゅう詰めとなり、レース直前には、窒息しそうになったファンがフェンスを越えてトラックに散らばった。
係員はファンをスタンドに押し戻すことができず、仕方なく馬場内に誘導した。
彼らがトラックにあふれ出て、馬の前に立ちはだかることのないよう1938年3月29日、アグアカリエンテでの勝利の2日後に、シービスケットを乗せた列車はタンフォラン競馬場に入った。
数百人のファンが待ち受けていた。
Hはベイメドウズ競馬場まで足を延ばし、そこでSからの電報を受け取った。
それは、うれしい驚きだった。
Sは口先だけの男ではなかった。
ベルモント競馬場の責任者、Jを口説き、5月30日、メモリアルデイ(戦没将兵記念日)のサバーバンパンデ戦で、多頭戦によるシービスケットとウォーアドミラルの対決を行うというアイデアに、同意をとりつけてくれたのに、ラチ沿いには警官が配備された。
トラックを取り囲むカメラマンは、準備を整えた。
レースは始まった瞬間に終わった。
シービスケットは先頭でゲートを飛び出し、そのまま一気にライバルたちを引き離したのだ。
競り合う相手がいなくて退屈した馬は、左右に頭を振りはじめた。
騎手のLによると、馬はカメラマンの前を通りかかるたびに耳をピンと立て、尻尾を高く揚げた。
そしてそれは、騎手が今はレース中なのだと馬に思い出させるまでつづいたという。
熱狂的な喝采を浴びながら、シービスケットはゴールを軽く流して走り抜けた。
Lは苦労して馬を止め、H、S、そしてBが待ち受けるウィナーズサークルに向かわせた。
クロスビーが金のトロフィーをHに手渡した時、Sが笑顔を見せたと証言した者がいた。
だがそれは、あくまでも噂だった。
群衆はふたたび道路を覆いつくし、途中のシーザーズレストランでいったん足を止めると、その店の食料を残らず平らげていった。
夜が更けても、国境は相変わらず渋滞していた。
町は2日がかりで後片づけを終えた。
賞金は5万ドルに増額される。
話が具体化し、ベルモントが実現に向けて動き出した今こそ、攻勢をかけるべき時だとHは判断した。
彼はSに電話をかけた。
あんなにも長く切望していたレースだったにもかかわらず、HはSの申し出に注文をつけた。
つづいて彼は一連の要望をあげた。
自分の希望は一対一のレースであること。
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